一昨日の話。
僕は目が覚めた時から体調が悪かった。
腹痛、吐き気、頭痛。
いつもの"ヤツ"だった。
熱がないあたり、いつもの"ヤツ"。
僕は昔からストレスを感じると体調が悪くなるし、季節の変わり目も体調が悪くなった。
きっとどちらか一方に悩まされてる人は多いし、僕みたいなハイブリッドも多いと思う。
それから僕は17時くらいまで寝ていたと思う。
今回はきっとストレスの方だ。
最近、バイトに関する事をいくつか深く考え込んでしまっていたから。
ストレスが原因だ。そうだきっとそう。
そうと決まれば何か食べたい物を食べよう。
大体そのレベルの事で体調なんか戻る。
対処には慣れていた。
コンビニでうどんとレンジで温めればすぐに食べられる調理済みの魚を買ってくる事にした。
体調悪い時はうどんに決まっているし、魚は単純に最近食べてない。
ここの所、悩んでるだけではなくて、バイトそのものが忙しいという事もあって食生活が荒れていた。
そうだ最近魚を食べていないからやられたのだ。そう思った。
ストレスが多い中で免疫力が落ちていた。だから体調が悪い。
そう決めつけた僕は、コンビニに行く程度の服装に着替え、家を出た。
そして気づいた。
『月が燃えている。』
これから僕はこういうライトな文章にありがちなライトなSFの話をしようと思っている。
自分でも恥ずかしいくらいにありきたりな設定だった。
で、月が燃えていた件だけど、最初は意味がわからなかった。
最初というかずっと意味はわかってない。
月が綺麗に燃えていた。
そういえば起きた時、17時にしては異様に明るかった気がする。
この間まで「夏長えなぁ」なんて思っていたのにここ数日で一気に冷え込んで秋ではなく冬の空気が鼻を通り抜けるようになっていた。
そんな季節の17時なのに、明るかった。
何故今の今まで気付かなかったんだ。
僕は動揺しつつも駅前のコンビニへ行き、うどんと魚を買って帰ってきた。
街中は騒々しくなっていると思いきや、
人々は、
「あぁ、本当に燃えているね。」
「燃えているで思い出したけど昨日加奈子が焼肉ビュッフェで肉燃やしたらしいよ。冷静装ってたけど軽く火柱になって、店員が消火器使ってやっと鎮火したんだって。」
「何それウケる。」
ぐらいの温度だった。
僕だって月が燃えている事よりもその後加奈子がどうなったかという事の方がよっぽど気になっている。
火柱に軽くも重くもあるのだろうか。
家に帰って、僕はうどんをレンジに入れて5分待つ事にした。
その間、少しカーテンを開けて月を見たが燃えていた。
当たり前だが燃えていた。
しかしもうそんな月を見たって思い出すのは会った事のない加奈子の火柱焼肉だ。
そうこうしているとうどんは温まり、出汁のいい匂いがしている。
言い忘れていたが肉うどんだ。
この時に月がああなってることに気づいてから、初めてテレビをつけた。
テレビではさすがにどこの局も特別編成が組まれていて、似たり寄ったりの話をしていた。
なんだかわからない専門家が色々言っていたりもした。
ある局では天文学者、またある局では科学者、何かに絶望してしまったのか奇天烈な髪型の宗教家を呼んだ局もあったらしい。
磁場がどうとかナントカ波がどうとかよく分からない話をしていて、全く分からないし、全員トンチンカンな事を言っているように聞こえた。
ただ、その中でも最もトンチンカンな事を言った学者、つまり「モストオブトンチンカン」はCMの間に摘み出された。どいつもこいつも似たようなレベルだろうに。
流石にクマのぬいぐるみに入れ替わったりはしなかったようだ。
その摘み出されてしまったモストオブトンチンカン(以下MOT)はもともと災害の研究をしているおばさんだった。
ヒステリックに「今晩には月が爆発する
!絶対!絶対!本当に絶対!」と討論する気もないのだろう、大声で口角に泡を付けながらゴリ押ししていた。
それに対して夕方のニュース番組によく出ている所謂名医的なおじさんが
「ありえない!そもそも月が燃えてるのではなくそう見えているだけだ!実際には燃えてない!月が燃えるなどありえない!」
と、こちらも割と大きな声で対抗し始めた所でテレビを消した。
摘み出された事は2時間後ぐらいにネットで知った。見続けていれば良かった。
僕の経験上、こういう時は最もトンチンカンな事を言っている人こそが意外と正解に近かったりする。
映画のデイ・アフター・トゥモローだってそうだった。
というかトンチンカンが正解っていうのはデイ・アフター・トゥモローの話だ。
それ以外は知らない。
あとこういう時に「考えられない」とか「ありえない」とか言うコメンテーターこそトンチンカンだと思う。
現状起こってるのにありえないとか言ってどうするつもりなんだ。
そんな奴はずっと目の前の事から目を逸らして逃げていればいい。
だから僕は摘み出されたMOTおばさんの「絶対!」を信じて、遺書を書いた。
一体全体何がどうなるか分からないから、この遺書が誰に読まれるのか、そもそも残るのかどうかすら分からなかった。
でも書くべきだと思ったから、思ってる事とか無念さとか遺書を書くべきだと思ったという気持ちすら、書いた。
汚い字と汚い表現で汚い文章をなんとか書いた。
さて。
冒頭でも言ったけど、これは一昨日の話だ。
先ほど確認した所、月は相変わらず燃えている。
つまり、あのMOTおばさんもといマジで信用ならないトンチンカンクソババアは見事にハズしたのだ。
それどころか太陽が二つあるようなものなのに地球全体の温度が上がらないので、そう見えるだけで実際には燃えてないのでは?という話にまでなっている。
賭ける人を完全に間違えてしまった。
もちろん世の中は何もないかのように動いている。
月が燃えていても、僕のバイト先は9時に開店して21時に閉店する。
叔父がやっている工場だって普通に8時に始業するそうだ。
改めて人間は凄いと思う。
僕はというと、体調は治ったし遺書を書いて以来、バイトの事でもあまり悩まなくなった。
一度死を感じると強くなるという噂は聞いていたがどうやら本当らしい。
遺書はとりあえず机の奥の奥につっこんだ。
僕が70歳超えたあたりで引っ張り出されて僕が赤面するのもいい。
僕以外の誰かがそれを見つけた事をきっかけに色々考えるのもいいかもしれない。
なんとなく未来が明るくなったような気がした。
23時くらいになると明日からもまた頑張ろうと思ってみたりもしている。
こんな簡単な方法で気持ちが楽になるなんて。
何故気付かなかったのだろうか。
惜しい事をした。
そんなこんなで、きっと明日も明後日も来週も来月も来年も未来もなんだかんだで来る。
だから僕は布団の中でこの文章を書いた。
いつか迷った時に今日のこの気持ちを思い出せるように。
その夜、僕が電気を消して目を瞑る瞬間に、それまで体験した事のない強さの光に世界が包まれる。
その事に僕はまだ気付いていなかった。