私は「今過ごしている現実が夢なのではないか」と思いながら眠りにつき、
その夢が醒めない事の証明として朝を迎える。
死ぬまでこの夢が続けばそれは現実だけど、明日醒めるのではという恐怖の中で毎日生きている。
事の発端は「あの人」だ。
私の前に突然現れて、私の妄想を具現化したような存在でありつづける「あの人」。
あの人は私のこのクズみたいな人生を認めて受け入れて、更には支えようとしてくる。
端的に言えば頭がおかしい。
出会ってすぐ、あの人は「結婚しよう」と言いだした。
私は言った。
「結婚したいのは山々ですが、そのような権利はありません」と。
あの人がその理由を聞いてきたから、
男だけど働く事が苦手とか、
24歳だけど親の仕送りで一人暮らししているとか、
だからあなたを養う事ができないとか、
いかに私がクズで結婚する権利がないかをプレゼンする羽目になった。
一通り聞き終わったあの人は言った。
「私が働いて、あなたを養う。それじゃダメなの?」と。
さすが男女平等社会。意識改革はここまで来ているのか!なんて思うわけはなく、
単純にこいつは気が狂っていると思った。
私は過去、恋愛をしてこなかったわけじゃない。
この人となら結婚したいと思った人もいた。
だけど皆、私のクズさに耐えられずに消え去った。
あの人だって、この場ではそういう受け入れてくれるような事を言っているが、
その内バカバカしくなって過去の人と同じように消え去ると思っていた。
夢なら早く醒めてくれと思った。
ところがあの人は今日も私の隣にいる。
大きな誤算だった。
それどころか、事あるごとに私の理想でありつづける。
いつだったか、私がインフルエンザにかかった事があった。
運の悪いことに、あの人と旅行に行く2日前に高熱が出てしまったのだ。
私はインフルエンザと分かってすぐに、謝罪とこの埋め合わせは必ずする旨を綴ったメッセージを送った。
あの人は言った。「旅行はいいから看病させてくれ」と。
一緒に居られればそれでいいと。
嬉しかった。私は一人暮らしだったし、隔離されて5日間も過ごさなければならなかったからだ。
でも会うわけにもいかなかった。
それはあの人に移す事を心配する気持ちもあったが、
それより社会的なルールというかマナーというか常識のような事を考えたら会ってはいけないと思ったからだ。
あの人はとても怒った。
「しんどいあなたのそばにいる権利もないの?」と。
それから丸一日、インフルエンザではなくあの人と文字で戦い、私は遂に負けて、あの人は家に来た。
インフルエンザになったという報告を受けた時点でそういう状況下に好ましい料理のレシピを調べ上げ、献立を決めていたらしい。
それで来るなと言われたらそりゃあ怒るわけだ。
ごめんねという私の前には、私の好きなもの、栄養のあるもの、食べやすさを重視したものまであらゆる料理が並んでいた。
夢なら醒めるなと思った。
他にも、
働く事が苦手な私がギリギリなんとかやっていたバイトをクビになった時、
恐る恐る報告すると、「ふーん、だから何?」の一言で済まされた事もあった。
私には人生を賭けて追いかけていた夢があって、その事を話した時、「とても素敵だと思う。夢に向かって輝いている君が好きだよ」とあの人は言っていた。
そんな矢先に夢を諦めることになって恐る恐る報告すると「別にいいじゃん、悔いがないなら。それでも君が好きだよ。全然輝いてないけど。」とあっさり流された事もあった。
あの人はベタだ。ベタベタだ。ベタドラマだ。
私が心折れそうな時に何でもない事のように受け入れて支えてくれるあの人は、
クズな主人公を支えてくれるイカれた感性のヒロイン。
そんな私の陳腐な想像から生まれた脳内ドラマを、あの人は天然で忠実に再現する。
私の頭か精神がとうとうどうにかなってしまって、脳内ドラマのヒロインが虚像として現実に現れているのか。
それとも私の頭か精神がとうとうどうにかなってしまって、私の理想を叶え続ける長い夢の中から抜け出せなくなってしまったのか。
どちらにしても、死ぬまで一生続けばいいと思っている。
現実なんかクソ食らえ。
今、私は妄想だか夢だかよく分からない世界で幸せに溺れている。
そのまま溺れて死にたい。