「出て行って。」
夜中、同棲している彼女とベッドで横になっていた時に、そう言われた。
ここ最近の本気で別れるかどうか、の話し合いの最終的な結論だという。
言葉を聞いた瞬間、彼女の頭の下にあった僕の右腕はその重みに耐えられずに千切れた。
それに続くように身体中の関節が分裂して、僕はバラバラになり宇宙の藻屑となった。
上下左右も、枕のある位置が北なのか南なのかも分からない。
視線の先にある天井の白色は高速で回転していた。
こういう時、早すぎてむしろゆっくりに見えるあの現象は起きないのだと知った。
それからというもの、僕は流石に眠れなかった。
朝5時になり、2秒後には朝6時を迎えた。
一方の彼女はいつも通り口を開けて寝ていた。
僕がもし逆の立場だったとしても今日ばかりは眠れない事に自信がある。
でも、この人はそういう人だ。
いつだって、口を開けて寝られる女。
そこが好きだった。その果てしない生命力が。
そんな彼女でも、いつもと違った事もあった。
時折目覚めては、キスやハグをしたり「遅いよ」と僕をなじったりしたのだ。
そしてまた口を開けて寝た。
一体彼女の中で睡魔と何が戦っていたのだろう。
僕が泣いているから、優しさかもしれない。
文字通り、遅かった事への怒りかもしれない。
僕は数日前に「別れたくない、結婚したい、今なら僕は変われる」という長文の手紙を送ったばかりだ。
その決意というか想いがどうやら遅かったらしい。
一蹴されるとはこの事だ。
けれど、どうしようもない僕のどうしようもなく遅い手紙が、あの強い生命力を持つ彼女の心を1mmでも揺さぶったのなら、光栄だと思う。
そんな事を考えながら彼女を眺めていても眠れなかった。
困った僕は、とりあえず目を瞑って口を開けてみた。
舌が乾燥して下顎に張り付く。
これで寝れるとは。どういうシステムなんだ。
謎が深まり、さらに困った僕は彼女に、
「次に出会う男と幸せになる」という呪いと、
「僕としか幸せになれない」という呪いを、
交互にかけた。
僕に呪術の才能があれば、どちらの呪いが勝つのだろう。
くだらない「ほこ×たて」だと思った。
それでも眠れなかった。
だとしたら、しばらく解決しないだろう。
それを悩んでしまったら、さらに眠れなくなりそうなので、考えるのをやめた。
ちなみに、出ていくとして、今後どうするかみたいなシミュレーションなども一切しなかった。
それをしたら不眠症どころか、一生眠れない気がしたからだ。
ならば、今のこの気持ちを文章にしようと、これを書いた。
そのうち、僕は眠りについた。
寝て起きても、彼女が出した結論や、僕がどうしようもない事など、何も変わっていなかった。
夢ならばどれほどよかったでしょう、という歌詞がこの日世界一響いたのは他でもない僕だと思う。
唯一変わった事と言えば、彼女がもう僕の隣では口を開けて寝たりしなくなったという事だった。