バッドエンド。

山本謙吾の生涯を終えることにしました。

高校生の頃から15年ほど、本名の自分と、山本謙吾と。

二重で生活していて、一時期は山本謙吾としての人生の方が分厚くて、本名の自分が消えてしまうんじゃないかというくらい、傾いていた時もあります。

ただ、その頃も含めて15年間、全然何もできませんでした。

山本謙吾に傾いていた時は本名の自分が、より何もできていなかっただけなんですね。

決して、山本謙吾が充実していたわけではなかったです。

 

この度、この15年も名乗り続けたもう一つの名前を殺す事になったのは、

まぁやはり、15年やっていて僕の居場所がなかったからです。

なかったというか、作れなかった。

必要とされなかったのです。

村田山本の山本として始まり、ななくさになり、ピンの山本謙吾となり。

この過程で僕が息を吸える場所はできませんでした。

 

楽しかった時もありますが、全てがひとり遊びで、誰かと分かち合えたという感覚がありませんでした。

山本謙吾が誰かの心に何かを残せたでしょうか。

いや、誰かの心に何かを残せるような努力をしていたでしょうか。

 

自らの才の無さに気付いたのはななくさの頃です。

相方を活かせなかった事や、自己演出に溺れていった事など、複数の事象の中で気づいていた部分もあるし、

まぁとにかくYouTubeでやっていたバラエティもラジオも回らなかった。

その後も含め、一度も数字にならなかった。

お金にもならなかった。

高校生の頃に考えた「普通ではない売れる道筋」で売れなかった。

 

それでもいつか、と思っていましたが。

 

マダガスカルさとしとして、ラジオでネタが読まれることもありました。

最初は読まれるたびに「ざまーみろ!!まだあるぞ!!」と思っていたのですが

常連化することができなくて、やはり居場所ではなかったんですね。

 

30歳をすぎ、昔よりも言葉が出ない瞬間が増えました。

それもまた、殺す理由かもしれません。

 

まぁ、そんなこんなで、15年の間にお世話になった人もそれなりに居ます。

このような形で申し訳ありませんが、ありがとうございました。

 

それでは皆様、また来世でお会いしましょう。

来世こそ売れるぞ!